現代における重要なキーワード、「ウェルビーイング」。昨今、企業が取り組むべき課題であるとも言われており、すでにウェルビーイングを積極的に取り入れている企業も多いことだろう。
そこで今回は、企業の人事担当者に向けて、ウェルビーイングとは何か、またウェルビーイングを向上させるための方法や、企業がウェルビーイングを実践するメリットについて解説する。
働き方改革や価値観の多様性を認める今日の社会情勢の中で、ウェルビーイングを積極的に取り入れた人事体系・教育システムを築き、是非ともこれからの時代にアップデートした企業を作り上げてほしい。
ウェルビーイング(Well-Being)とは、直訳すると「幸福」「幸せ」であるが、それの示すところは単なる幸せではなく、身体の健康のみならず、精神的にも、社会的にも幅広く良好な状態であることを目指す概念である。
近年では企業経営においてもウェルビーイングが注目されており、従業員のさまざまな働く目的と組織の成長を整合させる、いわゆる「ウェルビーイング経営」を取り入れている企業も増えてきている。
働く幸せを感じることが、従業員の創造性や生産性を高め、離職率や欠勤率を下げることも定量的に示されており、企業の利益的な観点から見ても、ウェルビーイングは非常に重要な概念である。
実はウェルビーイングは最近生まれた考え方ではなく、世界保健機関憲章が発効された1948年には既に生まれていた概念となっている。それがなぜ今になって重要視されているのか、ここではその理由について解説する。
日本では2019年に働き方改革関連法が制定され、以降国の取り組みとして働き方の刷新が積極的に行われるようになった。具体的には、労働時間法制の見直しや雇用形態に関わらない公正な待遇の確保などが刷新の一例として挙げられる。
ウェルビーイングが大きく注目されるようになったのは、こうした時代背景に伴ってのことに他ならない。今後もこうした動きは高まっていくことが予想されており、労働関連の法律の見直しや各企業における制度整備が進められていく可能性は十分に考えられるだろう。
新型コロナウイルスの流行も相まって、世界では健康意識の高まりが顕著になっている。令和2年度にスポーツ庁が実施した調査によると、新型コロナウイルスの感染拡大以降、スポーツを実施する意欲が「以前より高くなった~以前よりやや高くなった」と回答した人は全体の22.9%にも及ぶという結果になった。
また、在宅勤務が増え、人との交流が少なくなったことから、メンタルヘルスや自身のライフスタイルの見直しなどに対する興味を示す人も増えてきている。企業においても、こうした世相を踏まえ、従業員の健康管理を行う「健康経営」の中で、ウェルビーイングの発想を取り入れたものを推進している企業が目立ってきている現状だ。
「ダイバーシティ」という言葉が重要視されていることからも明らかなように、現代は多様性を認める社会である。人種や宗教、性別、ワークスタイルや思想などに捉われず、多様な人が活躍できる社会を目指すこの理念は、グローバル化とも相性が良く、多くの業界・企業でも積極的に取り入れられている概念だ。
多様性を認めることとウェルビーイングは非常に近しい存在である。さまざまな考え方やバックグラウンドを持つ他者とコミュニケーションをとる中で、それぞれの能力をフルに発揮させ、互いを認め合ってビジネスを進めていくには、ウェルビーイングが欠かせない。
多様性を認める社会の実現を目指している現代だからこそ、同時にウェルビーイングの実現も必須なものとなるのだ。
ある調査によると、45年後の日本における労働力人口は、2016年と比べると約4割減少することがわかった。さらに労働力率は50%ほどまで低下すると見られており、この低下を防ぐためには「病気治療と仕事の両立」「育児と仕事の両立」「働き方改革」が必要であるという結果も出てきた。
ここでも、やはりウェルビーイングの考え方が必須となってくることがわかるだろう。
「持続可能な開発目標」を意味するSDGsもまた、最近よく聞くようになった言葉のひとつだろう。SDGsは2015年9月の国連サミットの採択内容に記載され、2030年までに持続可能でより良い世界を目指すための国際目標として世界中で掲げられている、現代の人類における共通課題である。
日本企業も当然こうした流れを受け、SDGsの考え方の積極的な浸透が求められている。SDGsは全部で17項目あり、その中のひとつに「すべての人に健康と福祉を」という項目が設けられている。
これはまさにウェルビーイングを考える必要があるということであり、やはりウェルビーイングは国際的に重要視されている概念であることが見て取れる。
ウェルビーイングについてはギャラップ社の調査が世界的に有名で、そこで指定された項目は世界幸福度ランキングの指標のひとつにもなっている。
ここでは、そんなギャラップ社が導き出した5つの項目について、ビジネス的な側面とともに詳しく解説していく。
ウェルビーイングにおける「キャリア」とは、狭く仕事上の長期的な目標や進路だけではなく、人生のすべての構成要素を指す。つまり理想的なCareer Well-beingとは、仕事や子育て、家庭、趣味などのバランスがうまく取れた状態を意味する。
企業ができるCareer Well-beingの実践としては、ワークライフバランスを整えることが挙げられるだろう。社員がプライベートまで含めた人生全般を謳歌できるようになってこそ、仕事上でも本来以上の力が発揮できるのだ。
Social Well-beingとは「社会的な幸福」と訳され、いわゆる人間関係に対する幸福を指す言葉である。ここでは、交友関係の量だけではなく、深く信頼でき愛情のつながりを感じられる人間関係があるかどうかが重要なポイントとなっている。
Social Well-beingが順調であると、上司や部下、同僚とストレスなく関われるようになるため、企業としてもより重要視したい項目であるとも言えるだろう。
Financial Well-beingとは、文字通り「経済的な幸福」のことである。ここでは、報酬を得る手段はあるのか、得ている報酬に納得しているのか、自分の資産管理が適切にできているのかなどが該当する。
企業としては、社員の経済的な満足度を直接的に向上させるような対策が必要だ。最近では大企業が新卒者の初任給を上げる動きなども見せており、そうした動きは今後中小企業にも広がっていくように思われる。
また、賃上げだけではなく、資格取得金などの制度を設けたり、副業を認めたりといった制度の整備も大切だ。経済的な満足度の向上は、働くモチベーションアップにも直接的に繋がりやすいため、企業としても一度社内制度を見直す機会を設けてみると良いだろう。
Physical Well-beingは、「身体的な幸福」のことである。身体的に健康で、毎日エネルギッシュに生活できているかどうかが評価基準となる。ビジネスで考えれば、身体的な健康はもちろん、仕事に対するモチベーションも含まれてくるだろう。
Physical Well-beingの向上を図るには、残業時間の管理や働き方改革、リモートワークなどストレスのない労働環境の構築などが必要だ。社員の心身が健康に保たれると、当然仕事へのモチベーションや作業効率も上がってくるため、企業を経済的に成長させるためにも、Physical Well-beingは欠かせない項目であると言えるだろう。
Community Well-beingは、「自分の周りにあるコミュニティとの幸福」を指す概念だ。
居住地や家族、親戚、友人、学校、職場など、自信が所属しているコミュニティにどれだけ満足や幸せを感じているか、が評価基準となる。ビジネス面で考えれば、会社という括りだけではなく、部署や取引先などの人間関係までしっかりと考える必要があるだろう。
人間は組織に属し、そこで人間と親しく交わることによって幸福感を味わうことができる。給料のためだけではなく、その組織に属したい、そこで親しい人と一緒に仕事をしたいと思えると、自然と労働を前向きに捉えられるようにもなるだろう。
長くやりがいを持って働いてもらうために、会社としてはハラスメントや人間関係の悩みなどが起こっていないか、アンケートや面談などを通して、各環境の実態を適切に把握しておく必要があろう。
それではここからは、企業がウェルビーイングを向上させるための方法について、より具体的に見ていく。
従業員のウェルビーイングは、チームワークが良好で開放的な組織であるほど高まり、また権威主義的や競争的な環境であるほど低下する傾向にあることがわかっている。そのため、企業としては、「一致団結して目標に向かっていく雰囲気がある」「立場や年次に関わらずなんでも意見が言える」といった状況が望ましい。
例えば米国では、多くの企業が“第3の給与”と呼ばれる「ピアボーナス制度」を充実させている。これは、業務の成果や日頃の行動に対して従業員同士で感謝の気持ちを伝え、報酬を送り合う制度であり、会社としてコミュニケーションを生む制度を作ることで、従業員間の積極的な交流を促している。
また、職場にリフレッシュコーナーやオープンスペースを設置することで、コミュニケーション促進のためのスペースを作る企業も増えてきている。仕事上必要な会話だけではなく、他愛もない話もできる環境を作っておくことで、社員同士の絆は深まりやすい。そうしてできた信頼関係は必ずビジネスにおいても役立つものとなるため、より社員同士がリラックスできる共通の場を設けることは大切であると言えるだろう。
近年では、従業員一人ひとりが働き方に多様なニーズを持つようになった。そこで企業としては、できるだけ多くの要望に応える働きやすい環境の整備が必要となってきている。
まずは、長時間労働の是正から取り組み始めたい。どの企業でも取り組み始めやすい例としては、残業に関するモニタリング環境を構築することだろう。I Tシステムの就労管理や、年間残業と有給休暇の計画シートなどの作成、週ごとの残業モニタリングなどは、すでに多くの企業が取り組んでいる改革である。
男性従業員の育児休暇啓発や託児所の設置、親孝行支援制度などは実際の企業で行われている事例である。特に男性従業員の育児休暇取得はますます普及が広まってきている制度であり、従業員の中でも希望する声は多いことだろう。
ウェルビーイングでは働きがいも大切な要素となってくる。そして従業員の働きがいを高めるために必要なのが「企業理念の再確認と再周知」だ。多くの企業では企業理念やビジョンが言語化されていることと思うが、それらは従業員にしっかりと共有され、自分ごととして受け止められているだろうか。
従業員が自分に与えられている仕事の役割や必要性を感じるためには、企業理念の理解と共感が必要だ。理念がしっかりと伝わっていない状態では、従業員はやりがいを感じにくく、離職などにも繋がりかねない。
長く企業で働いてもらうためにも、従業員に対する丁寧な企業理念の説明を重要視し、さらに従業員も意見できるような仕組みを設ければ、経営理念の自分ごと化も進むだろう。
従業員の健康増進は、ウェルビーイングの出発点とも言える大切な項目である。企業としては、定期健診だけではなく、人間ドックや歯科検診など法定健診以外の補助制度や、予防接種制度などを充実させるのもひとつの方法となる。
実際に行われている健康増進に関する制度の例としては、個別の健康面談を毎年行い、従業員一人ひとりに合わせたセルフ・ケアサポートの実施や、会社側で健康づくりに関するイベントを運営するプログラムなどが挙げられる。
健康経営研修を実施するなど、社員全体に対してウェルビーイング、健康に対しての意識を向けてもらうことも重要だ。
長く働けば良い、若いうちは遅くまで残業をすべきだという考えは古く、「自身の身体も心も健康な状態で、やりがいを持って働くことが重要」と理解してもらうきっかけにもなる。
最後に、企業がウェルビーイングを実践するメリットについて解説していく。
従業員が幸せに働くことは、個人・組織のパフォーマンス向上に直結してくる。調査によると、働く幸せを実感している従業員ほど、個人の成績が良く、また所属組織のパフォーマンスも高いことがわかった。
反対に、働く幸せを感じられていない従業員ほど、個人・組織ともにパフォーマンスは低下していることもわかった。職場のウェルビーイングを整えることで、社員のパフォーマンスが向上し、会社全体の業績向上へとつながる可能性は高い。
社員一人ひとりのウェルビーイングの向上は企業にとってもメリットとなるのである。
ウェルビーイングを高め、仕事へのモチベーションや満足度がアップすると、離職者の削減にもつながる。当たり前ではあるが、勤めている会社への不満が減ると、社員は居心地の良い会社に長く勤めようと考えるだろう。
近年では転職に対する考え方もポジティブなものに変わり、キャリアチェンジは確かにしやすくなった。しかしそれは、企業にとっては社員教育に費用をかけたもののすぐに仕事を辞められて、コストばかりがかさむといった事態にもなりかねないということだ。
また、離職者が減るということは、会社への愛着度が高まっているということでもあり、そうなると従業者の「会社に貢献しよう」「会社をさらに良くしていきたい」といった希望も高まる。精力的に働いてくれる社員や積極的に会社の経営に関わってくれる社員が現れることで、総合的な企業力を高められるとも想定できるだろう。
さらに、働きやすい環境づくりや離職者の削減は、外部からは長く勤められるほどの魅力がある会社と評価される。社員を大切にしている、仕事が充実していると周囲から判断されれば、それに伴って志望者も増え、優秀な人材の確保へもつながるだろう。
現在いる社員を守ることは、これから出会う人材たちの確保にも役立つ。企業を長く繁栄させ続けるためにも、やはりウェルビーイングは重要視したいポイントなのである。
今回は、企業の人事担当者に向けて、ウェルビーイングとは何か、またウェルビーイングを向上させるための方法や、企業がウェルビーイングを実践するメリットについて解説した。
「全てが満たされた状態」と定義されるウェルビーイングは、現在
・働き方改革の推進
・健康意識の高まり
・多様性を認める社会
・人材の確保
・SDGsへの組み込み
といった時代の流れからも重要視されている。
ウェルビーイングは、
・Career Well-being
・Social Well-being
・Financial Well-being
・Physical Well-being
・Community Well-being
の5つから構成されており、向上させるポイントとしては、
・コミュニケーションの活性化
・働きやすい環境の整備
・働きがいの向上
・健康増進
といった点が挙げられる。さらに、企業がウェルビーイングを実践するメリットとしては、
・社員の満足度アップによる業績向上
・離職者の削減
・優秀な人材の確保
といった点が考えられた。
人事担当者としては、従業員一人ひとりの就業満足度を上げるためにも、また企業にとってのメリットを考えても、是非ともウェルビーイングの向上を図った人事制作の実施が求められるだろう。
これから長きにわたって輝く企業を作るためにも、是非とも心がけていただければと思う。